カヴァッリ作曲『カリスト』について

 フランチェスコ・カヴァッリ(1602−1676)は、モンテヴェルディの弟子であり後継者であるという言い方をよくされますが、ことオペラ作曲家としての側面をみるならば、その師をはるかに凌駕したといって差支えないでしょう。モンテヴェルディが私たちに残したオペラ作品はわずか3曲に過ぎませんが、カヴァッリはその生涯を通じて、わかっているだけで33曲のオペラを作曲し、そのうちの27曲が現存しているのです。
 カヴァッリがオペラ作曲家として後世に名を残すことになったのは、劇場のために音楽を書き続けたからにほかなりません。
 カヴァッリの晩年、ヴェネチアには主なものだけで6カ所の劇場がありました。モンテヴェルディが宮廷作曲家であり、また教会音楽家であったのに対し、カヴァッリは明確な音楽ビジネスという目的を持って曲を書き、17世紀ヴェネチアの商業オペラの隆盛を生み出したばかりでなく、その後のバロックオペラの発展を準備したのです。
 このオペラ『カリスト』は、プロローグと全3幕よりなる、1652年に作曲された、カヴァッリ円熟期の作品です。

 台本を書いたのは、ジョヴァンニ・ファウスティーニ。1615年ヴェネチア生まれですから、カヴァッリより若干若い台本作家兼オペラ興業家でした。
 彼はヴェネチアの3つの劇場の芸術監督も務めながら、カヴァッリに14本もの台本を提供しています。ヴェネチアの商業オペラの成功が、カヴァッリの音楽性のみならず、ファウスティーニの貢献に大きく依っていたということがよく理解できます。

 物語は、オウィディウスの『変身物語』に拠っています。
 主人公カリストは、天体と狩猟の女神、ディアナ(アルテミス)に仕えるニンフです。
 彼女は、あるじでもあるディアナに心酔しています。その思いは同性愛的な憧憬をすら伴うものなのですが、純潔の誓いを立てたディアナを相手にそれは許されることではなく、また、ディアナも自らの眷属のニンフたちに対して、純潔を求めるという徹底ぶりでした。そんなカリストを一目見て気に入ってしまったのが、全能神ジョーヴェ(ゼウス)です。当然のことながら、彼女はジョーヴェの誘いを拒みます。そこでジョーヴェは、息子でもあり腹心の部下でもあるメルク―リオの助言を得て、ディアナに変身してカリストを誘惑することにしました。この策は功を奏し、ジョーヴェは思いを遂げますが、当のカリストは、相手が憧れのディアナであると思い込んでいるため、本物のディアナと会ったときに、ジョーヴェ(偽ディアナ)と分かち合った愛の悦びのことについて話をします。しかし、純潔の誓いを破ったカリストに対しディアナは激怒。カリストを追放し、カリストは失意の底に落とされてしまいます。
 カリストの受難は更に続きます。ジョーヴェの妻、ジュノーネの嫉妬により、熊の姿に変えられてしまいます。それを知ったジョーヴェはカリストを憐れみ、本来の姿でカリストの前に現れ、カリストへの愛を告白します。カリストもジョーヴェの愛を受け入れ、熊としての命を全うした後は、天へと昇って星(おおぐま座)となり、永遠に輝き続けることを約束されます。
 さらにこのオペラでは、並行してもうひとつの愛が描かれています。
 純潔の誓いを立てているとはいえ、ディアナにも気になる相手がいました。羊飼いのエンディミオーネです。また、エンディミオーネもディアナに思いを寄せていました。
 しかし、純潔の誓いを立てているディアナは、そのままでは思いを遂げることが出来ません。そこで、月の姿になって、毎夜、山の上でエンディミオーネとの逢瀬を繰り返すことにします。
 その他、パーン、サティリーノ、シルヴァーノ、リンフェーアといった神々やニンフが登場し、二つの愛の物語に関わっていきます。
 
 音楽的には、レチタール・カンタンド様式を踏襲したものですが、第2幕でエンディミオーネが歌う「わが心よ、お前は何が欲しいのか?」が、ダ・カーポアリアの体をなしているなど、次の世代への先駆けを示したものである側面もあります。


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